第31回配信では、山田先生より「順送り訳」の前提となる考え方を、情報構造という観点からお話ししていただきました。前回の北村さんのトークともまた少し異なる角度で翻訳について考えることができました。

まず、「順送り訳」と呼ばれる訳出を共有していただき、次に情報を前から処理できるメカニズムについて簡単にご説明いただきました。

今回も参加者の皆さまに積極的にディスカッションしていただいたので、議論が盛り上がりました。いつもありがとうございます!

順送り訳ってどんな訳?

はじめに、復習も兼ねて、先週北村さんにご紹介いただいた例文を用いて、順送り訳を紹介してくださいました。詳しくは、ぜひアーカイブをご覧ください!

中でも、山田先生が特に注目なさっているのは、「情報構造(情報が置かれる順番)」です。情報構造という考え方に基づくと、古い情報ははじめの方に置かれ、新しい情報は後ろの方に置かれます。そして、後ろに置かれた新しい情報は重要度が高いと考えられています。これを考慮すると、皆さんなら次の文をどのように訳しますか?

I came to Paris to escape from the American provincial.

ここでポイントとなるのは、後半部(下線部)です。つまり、後半部は新しく、重要度が高い情報だと言えます。順送り訳としては、次のような訳が考えられます。

パリに来たのは、アメリカの田舎から逃げるためです。
(参考「【第4回】通訳翻訳研究の世界~翻訳研究編~順送り訳と情報構造」)

ここで言う情報の流れは、どの言語にも共通しているのではないかとおっしゃっていました。すなわち、日本語と英語のように文の構造が大きくかけ離れた言語同士であっても、情報の流れを再現すること、つまり、順送り訳をすることは可能だとお考えでした。

順送り訳を生む文法

では、なぜ順送り訳はどの言語でも可能なのか?文法や脳構造の観点からご説明いただきました。

そもそも文法には、2種類あるそうです。

の文法
文字(書き言葉)の文法

①は順送り訳と関連が強い文法でもあります。音の処理では、耳と記憶力だけを頼りに情報を処理しているので、どんどん入ってくる情報を忘れず処理するのに有効的な文法です。

②はいわゆる「学校で習う文法」です。文章を書くために必要となる文法で、こちらも言葉を扱う上では非常に重要です。しかし、この文法を用いるだけでは、逆送り訳しか生み出せません。

つまり、この①②の文法をどちらも駆使しなければ、順送り訳(=直訳調から脱却した自然な翻訳)を生み出すことは難しいということです。

ディスカッション

ディスカッションでは、ご参加の皆さまのそれぞれの分野や立場に基づいた貴重なご意見をお伺いできました。以下で、一部をご紹介いたします。

リーガル翻訳には順送り訳は適さない。
 専門的な文体から逸脱すると専門知識が無いと誤解されかねないとのことでした。
シンハラ語は、日本語と語順が同じだから順送りを意識しなくても順送り訳ができる。
通訳では順送り訳をするが故に、省略できるような主語を入れてしまい、少し冗長な訳になることがある。

順送り訳といえば通訳者のイメージが強いと思います。実際に、上記のメカニズムからも音を扱う通訳者と順送り訳の関係が深いことがわかります。ただ、順送り訳には音の処理や記憶の省エネ化などという目的に限らず、適切な訳を生成するために重要な概念だということも確かだと思います。そんな順送り訳に対するご参加の皆さまの印象や実情をお聞きすることができ、とても有意義でした。改めてありがとうございました。

配信では、本記事でご紹介できなかった具体例も交えながら説明がなされていますので、ご興味を持ってくださった方はぜひアーカイブもご覧ください!


次回は…

10/18 21:00~ 石塚浩之先生にお越しいただきます。

石塚先生は最前線で順送り訳について研究されているので、より専門的で詳しいお話がお伺いできると思います。とはいえ、すごくわかりやすくお話ししてくださる先生なので、お気軽にご参加ください☺️告知記事はこちらよりご覧ください!

皆さまの奮ってのご参加を心よりお待ちしております。