今回の配信では、長沼美香子先生にお越しいただき、話のつながり「結束性」という観点から順送り訳について語っていただきました。また、以前の配信でも触れたことのある「日本語らしさ」について印象的なお考えを述べてくださいました。

貴重なお話をしてくださった長沼先生、積極的に議論してくださったご参加の皆さま、ありがとうございました!

順送り訳の使い所

今回のキーワードは「順送り訳×結束性/コンテクスト」です。

まずはじめに、サッカーのイニエスタ選手がヴィッセル神戸へ移籍するというニュース番組の一部をお見せいただき、対象部分をどのように訳せば良いのか考えました。

中心的に扱ってくださった2つの例を以下に示しています。この2つの文のうち、after以降をどちらかは順送り訳にするべきで、どちらかは訳し上げでも良いということなので、少し考えてみてください。

① He put pen to paper to officially join Vissel Kobe after nearly 20 years at Barcelona.
② Iniesta will make his J-League debut after the upcoming World Cup in Russia. He has previously said that tournament will be his last with the Spanish national team.

実は、順送り訳にすべきなのは②で、訳し上げても良いのは①だそうです。

というのも、①の発話が行われた直後に場面が切り替わるので、結束性を気にする必要がないからだとおっしゃっていました。
反対に、②は2文目のthat tournamentは1文目末尾のthe upcoming World Cup in Russiaのことを指しているため、その流れを正しく示すためには順送り訳が適切だということでした。つまり、順送り訳は一文のみで判断できるものではなく、文と文のつながりを考慮することが欠かせないということです。このようなつながりのことを結束性と呼ぶのです。

文面だけでその判断はできないので、この例の対訳の確認も含めてぜひアーカイブで動画をご覧いただければと思います。

これまでの配信では順送り訳自体の説明をしてくださることが多かったのですが、今回はいつでも機械的に順送り訳をすれば良いというわけではなく、①のように結束性を考慮する必要がない場合は訳文として落ち着きが良い方を採用すべきだと教えていただきました。

「日本語らしさ」とは?


次に、長沼先生が実際にお仕事の中で感じられたことを共有していただきました。

tattva』という雑誌で対談をなさったそうで、テーマが「日本語らしさ」だったとのことです。何かの特徴を表現する際に「らしさ」という言葉が使われることはよくありますが、一体何を基準として「らしさ」と言えるのかと苦言を呈してくださいました。

そもそも個人個人が話す言葉は異なるのに、そのような差異を鑑みず、一言で「らしさ」とまとめてしまうことは不適切なのではないかと語っていただきました。同時に、それぞれの言語には傾向があるということも強調されていました。

「日本語らしい」という表現はよく耳にする一方で、日本語で起こる問題は他言語でも起こり得る問題だということでした。「らしさ」という言葉を使うのは軽率な場面も多々あるのかもしれません。

ディスカッション

長沼先生からいただいたディスカッションテーマ「あなたにとって順送り訳とは?」を主たるテーマとし、今回のトーク内容についてご参加の皆さまに議論していただきました。積極的にご意見をくださり、ありがとうございました!

共有してくださったご意見の一部をご紹介いたします。

「あなたにとって順送り訳とは?」
・通訳者にとっては、一つの訳出方法
・結局、適切な順送り訳には経験とスキルが必要
・産業的にはなかなか受け入れられない

「日本語らしさ」に関するご意見
・日本語では、一つの表現でも肯定の場合と否定の場合があるが、これは日本語の傾向と言えるかもしれない。

皆さまにとって「順送り訳」とはなんでしょうか?
これまでの配信ではお伝えしていなかったような視点を今回は教えてくださっています。いまひとつピンとこないという方も明確な意見をお持ちの方も、ぜひアーカイブをご覧ください!

次回は…

11/1 21:00~ 「順送り訳」のまとめ回となります。

今月もかなりたくさんのインプットをいただいたので、しっかり整理して、皆さまと共に理解を深めていければ嬉しく思います。

奮ってのご参加をお待ちしております!

(文責:岡村)